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あまあまな後輩×先輩♡
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オリジナルBL小説

壊したのはお前だ 第2話|BL小説

 保健室の外から足音が近づいてきた。
 硬い床を打つ、わずかにヒールのある靴音。
 養護教諭だ、と直感する。

 処置台から降りようとした瞬間、腕を強く引かれた。

 視界が回転する。

 次の瞬間には、ベッド脇のカーテンの内側へ押し込まれていた。

 狭い。
 それから息が詰まるほど、近い。

 新垣が背後からカーテンを引き寄せ、二人分の身体を完全に包み込む。

 逃げ場がない。

 壁と、新垣の身体に挟まれている。

 鼻先が触れそうな距離。
 体温が伝わる。

 どうして隠れたのか。
 意味が分からない。

 飛び出そうとして、できなかった。

 新垣の手がまだ腕を掴んでいる。
 逃がさないように。

 足音がドアの前で止まる。

「誰?誰かいる?」

 声を出した方がいい。
 そう思うのに、口が動かない。

 至近距離で、新垣の呼吸が頬にかかる。

 ――笑っている。

 声は出していないのに、口元だけが緩んでいるのが分かった。

 足音が近づく。

「中川くん、鼻血」

 耳元で囁かれ、びくりと身体が跳ねた。

 思い出したように鼻を押さえる。

「……もう止まってるよ」

 新垣は、くすりと笑った。
 まるで、惜しいと言うみたいに。

 やがて満足したのか、身体を離す。
 カーテンが開く。

 急に空気が広くなり、足元が揺れた。

「あ!そこにいたの。何してたの」

 養護教諭の声。

 新垣は何のためらいもなく言った。

「エッチ」

 あまりにも平然とした声音だった。

「違います!!」

 反射的に叫ぶ。
 顔が一気に熱くなる。

 カーテンに押し込まれていたせいで、髪も服も乱れている。
 否定しているはずなのに、むしろ説得力が増している気がした。

 養護教諭はほとんど興味なさそうに「あっそう」と言い、さっきまで新垣が座っていた椅子に腰を下ろす。

「なんでもいいけど、学校でそういうことはしないように」

 信じているのかいないのか分からない声音だった。

 否定したいのに、言葉が出ない。
 声を出せば余計に怪しくなる気がした。

 チャイムが鳴る。

 新垣は振り返りもせず、先に保健室を出ていった。

 中川も後を追う。
 何をどうするのが正解か分からないまま、ただその場から逃げたかった。


 放課後の教室は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
 西日が差し込み、机と椅子の影を長く引き伸ばしている。

 窓際の席で、新垣は一人、机に向かっていた。

 紙を擦る音。
 鉛筆が迷いなく走るたび、空気がかすかに震える。

「……新垣」

 名前を呼ぶと、彼は顔も上げずに言った。

「ちょうど良かった」

 カリ、と芯が紙を引っかく。

「今、中川くんの絵、描いてた」

 心臓が嫌な跳ね方をした。

「口の中、見せて」

 一瞬、意味が分からなかった。

 理解より先に、拒絶が浮かぶ。

「嫌だ」

 ほとんど反射だった。

 新垣はそこで初めて顔を上げた。

 怒りも、困惑もない。
 ただ、視線だけが静かに絡みついてくる。

 逃げ場を塞ぐように。

 蛇に見つかった小動物の気分だった。

「ちょっとでいいから」

 低く、穏やかな声。
 押しつけるでもないのに、拒否できない。

 声をかけたことを後悔した。

 なのに足が動かない。

 断ればいい。
 それだけなのに。

 怖いわけじゃない。

 ──いつもみんなと同じでいるために必死に見える。

 新垣の言った「みんな」の中に新垣は入っていない。だから怖くない。

 けれど、身体は床に縫い付けられたみたいに動かない。

 ゆっくりと口が開く。

 その瞬間──

 ガラッ、と教室の扉が開いた。

 反射的にしゃがみ込む。
 机の陰に身体を押し込み、息を殺した。

「……あれ? 新垣くんだけ?」

 吹奏楽部の女子が数人、顔をのぞかせている。

 新垣がこちらを見る。

 机の下に潜り込んだ中川を、まっすぐ。

「そうだよ」

 迷いのない声だった。

「今からこの教室、練習で使わせてもらっていい?」

「いいけど……」

 そこで言葉を切る。

 視線は外さないまま。

 中川に向けたまま。

 まるで選択を迫るように。

 中川は必死に首を振った。

 見つかったら終わる。
 何が終わるのか分からないけれど。

 それでも、絶対に駄目だと思った。

 その様子を確認してから、新垣は言った。

「……俺の絵のモデルになってくれるなら」

 一瞬、空気が凍る。

 新垣はまだこちらを見ている。
 うっすらと笑いながら。

 女子は顔をしかめた。

「きも」

 短く吐き捨てる。
 自分に言われたわけでもないのに一瞬息が詰まった。

「やっぱ別の教室行こ」

 ぞろぞろと足音が遠ざかり、扉が閉まった。

 静寂が戻る。

 心臓の音だけが異様に大きい。

 恐る恐る顔を上げる。

 新垣は立ち上がっていた。

 表情が読めない。

「……中川くんは」

 ぽつり、と落ちる声。

「俺と一緒にいるところを見られるのも、恥ずかしいんだ」

 責めるでもなく、拗ねるでもなく、
 ただ事実を確認するような言い方だった。

 否定すればいいのに、言葉が出ない。

 新垣は机の上のスケッチブックを閉じた。

「絵の件、考えといて」

 それだけ言って、鞄を持つと教室を出ていった。

 机の下に残されたまま、
 中川はしばらく動かなかった。

 今出ていけば追いついてしまう。
 かける言葉も見つからないのに。

 だから、出ていけなかった。


 シャワーを浴びながら、今日の出来事が何度も頭をよぎる。

 保健室のカーテンの中。
 逃げ場のない距離。
 息がかかる近さ。

 ――エッチ。

「うわぁぁぁ……!」

 思わず声が漏れた。

 湯気の中で顔を覆う。

 変な誤解をされているかもしれない。
 思い出すだけで胃がねじれる。

 それから、もう一つ。

 新垣が描いているという、自分の絵。

 どんな顔をしているのか。
 どんなふうに見られているのか。

 ぞわ、と背筋が粟立つ。

 ――口の中、見せて。

 その言葉が頭から離れない。

 曇った鏡にシャワーをかける。

 水滴の向こうに、見慣れた自分の顔が現れる。

 ゆっくりと口を開く。

 歯と舌、もう少し開くと喉の奥まで見える。

 ただの空洞。

 こんなものを見て何になるんだろう?

 そう思うのに、〝見られる〟ことを想像した瞬間、身体の奥がじわりと熱を帯びた。

「……っ、きも」

 鏡の中の自分に吐き捨てるように言った。

 目を逸らし、乱暴に体を拭く。

 急いでパジャマを着て、布団に潜り込む。

 暗闇の中、静かなはずなのに頭の中だけが騒がしい。

 ――俺と一緒にいるところを見られるのも、恥ずかしいんだ。

「違う……」

 小さく呟く。

 違うと言いながら、
 本当は違わないことを知っている。

 新垣は昔から変わり者で、
 いつも一人で、
 今日だって「きも」と言われていた。

 だから一緒にいるのが恥ずかしい。
 それだけのはずなのに。

 カーテンの中。
 触れそうだった距離。
 胸の鼓動。

 嫌なのに。

 思い出すと、また少しだけ息が乱れる。

 中川は強く目を閉じた。

 眠ろうとしても、
 まぶたの裏に浮かぶのは、

 カーテンの中で笑っていた新垣の顔だった。

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