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あまあまな後輩×先輩♡
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オリジナルBL小説

壊したのはお前だ 第1話|BL小説

 体育の授業中、不意に飛んできたバスケットボールが、中川の顔面を直撃した。

 骨に響く鈍い衝撃。
 鼻の奥がじん、と痺れ、遅れてぬるい感触が唇へと流れ落ちた。

 手で拭うと、鮮やかな赤が皮膚に滲んだ。

「おい、大丈夫かよ!」

 駆け寄ってくる足音。
 その向こうで、押し殺した笑いと好奇の視線が混ざり合っているのが分かる。

 見られている。

 中川は顔を上げなかった。

「大丈夫」

 反射的に口にした。
 できれば、何事もなかったようにしていたかった。
 みじめな姿をこれ以上晒したくない。

 だが血は止まらず、押さえた手の甲から腕へと伝っていく。

「中川、すげー血出てる!先生!」

 体育館の隅で作業をしていた三島が、ホイッスルを揺らしながら駆け寄ってきた。

「どうした?」

 顔を覗き込み、血を見るなりポケットティッシュを取り出す。
 周囲へ説明を求める視線が向けられ、生徒たちが口々に何か言い始めた。

 中川は垂れてくる血をティッシュで受け止めながら、ただ立っていた。

「ぼーっとしていたのか?珍しいな」

 その一言に、胸の奥がわずかに緩んだ。
 誰が当てたかを詮索され、被害者として晒されるのだけは嫌だった。

 三島はホイッスルを短く鳴らした。

「保健委員!中川を保健室に連れて行ってくれ!」

「一人で行けます」

 即座に言ったが、聞き入れられなかった。

 コートの外、壁際に座っていた生徒がゆっくりと立ち上がる。

 ——新垣だった。

 他の生徒が汗に濡れたジャージ姿の中、
 一人だけ制服のままでいる。

 彼は体育にはほとんど参加しない。
 体が弱いらしい、という噂だけは知っていた。

 新垣は静かに歩いてきて、何の躊躇もなく中川の腕を掴んだ。

「行こう」

 口元が、わずかに上がっていた。


 新垣とは小学校から一緒だった。
 同じクラスになったこともある。

 だが、まともに会話した記憶はほとんどない。

 いつも教室の隅で、本を読んでいるか、
 ノートによく分からない絵を描いている。

 人と関わることに興味がないのか、
 一人が好きなのか――
 いずれにせよ、誰かと打ち解けている姿を見たことがなかった。

「いいよ、一人で歩けるから」

 逃げると思われているのだろうか。
 腕を振りほどこうとしたが、新垣は離さなかった。

 無言のまま、保健室へと連れていかれる。

 中は無人だった。

 中川は密かに息をついた。
 誰かに世話を焼かれる姿など、見られたくない。

 新垣は奥まで進むと、キャスター付きの椅子に腰を下ろした。

「……もう授業に戻れよ」

「先生いないし。俺、保健委員だし」

 新垣は床を蹴り、椅子をくるりと回す。
 帰る気はないらしい。

 ただサボりたいだけだろ、と心の中で毒づく。

 中川は処置台に腰掛け、血の染みたティッシュを捨て、新しいものを鼻に詰めた。

「これ、止まんのかな……」

 鼻血などほとんど出したことがない。
 ゴミ箱に溜まった赤いティッシュを見て、不安が滲む。

「そのやり方、だめだよ」

 キャスターを転がす音が近づいてくる。

 次の瞬間、鼻に詰めていたティッシュを引き抜かれた。

 ぬるり、と血が流れ出す。

「なにする──」

「こうやって押さえるんだよ」

 新垣は中川の鼻の付け根を指で挟む。
 予想外に近い距離。

 逃げようとすると、さらに強く押さえられた。

「動かないで。こうするとすぐ止まるから」

 なんでお前にそんなこと――
 きっと、そんな顔をしていた。

「俺、よく鼻血出るから」

 新垣はにやりと笑った。

 喉の奥を鳴らすような、低い笑い声。

 その声に、記憶の底が揺れた。


 小学生の頃。

 体育の時間、周りが次々と成功していく中、
 逆上がりだけがどうしてもできなかった。

 最初から諦めている子もいた。
 だが中川は違った。

 何かきっかけさえあれば、
 あと一歩でできるはずだと思っていた。

 授業の終わりが近づき、最後の挑戦となったとき。

 先生が後ろから支えようとしてズボンを掴んだ。

 その瞬間、それはずるりと膝までずり落ちた。

 どっと笑い声が上がる。

 剥き出しになった尻に空気が触れる。
 何が起きたのか理解する前に、全身が熱くなった。

 みんなが見ている。

 羞恥で視界が滲んだ。

 先生は慌てて謝っていた。
 だが何に怒ればいいのか分からず、涙だけが溢れた。

 やがて笑い声は止まり、気まずい沈黙に変わる。

 ——一人を除いて。

 一人だけ制服のまま座っている新垣が、
 声を殺して、ずっと笑い続けていた。

 中川は涙で歪む視界の中、必死に睨みつけた。

 異様な光景だった。

 中川だけじゃなく、クラス中の視線を集めながら、それでも新垣は笑い続けていた。

 あの瞬間から、新垣は「苦手な存在」になった。


「ふふ……やっぱり中川くん面白い」

 その声に現実へと引き戻される。

 鼻を押さえられたまま、手の影から覗き込むようにして顔を近づけられる。

「中川くんって人より不器用だよね。いつもみんなと同じでいるために必死に見える。しんどくないの?」

 中川は歯を食いしばった。

「……うるさい」

「泣いてるの?」

「……泣いてない!もう出てけって!」

 伸ばされた手を、強く払いのけた。

 これ以上何か言われたら、何もかも崩れてしまいそうだった。

「痛っ」

 新垣は少しよろけたが、すぐに椅子に座り直した。

 怒るでもなく、ただ笑っている。

 心臓が速く打ち、全身がじわじわと熱を帯びていく。

 新垣は瞬きもせず、こちらを見た。

 まるで、何かを確かめるように。

 中川は胸に手を当てる。
 呼吸が早くなる。

 血が止まっていることにも気づかないまま、中川は目の前の男から目を逸らすことができなかった。

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