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オリジナルBL小説

壊したのはお前だ 第4話|BL小説

(※新垣視点)

 あの日。
 中川が泣いた日からだ。

 恥ずかしそうに、悔しそうに、
 それでも必死にこちらを睨みつけていた。

 あの瞬間、胸の奥で何かが静かに目を覚ました。
 不快でも、罪悪感でもない。
 もっと粘ついた、重いもの。

 ──欲しい、と思った。

 ただ、もう一度あの顔を見たいと強く思った。

 だから観察を始めた。

 最初の印象は至って普通だった。
 けれど、観察しているうちに「至って普通」を演じているやつだと分かった。
 
 彼は他の人よりも傷つくことに敏感で、自分を守るのに必死に見えた。

 まるで、ぐらぐら揺れる平均台の上を歩いているようだった。

 落ちたらどうなるのか。
 どんな顔をするのか。
 どこまで崩れるのか。

 考えない方が難しい。

 あの日から、クラスメイトは自分を責めた。

 空気が読めない。
 中川が可哀想だ。

 理解できなかった。
 どうして当事者でもない人間に言われるのか。

 恐らく前々からクラスで浮いていた自分をようやく正義面して叩くことができるからだ。

 言い返す気にもならなかった。

 中川は何も言わなかった。

 当然だと思った。
 自分が傷つくことに敏感な人間だ。
 周囲が勝手に守ってくれるなら、それでいい。

 そう思っているのだろうと。

 ──違った。

 トイレに捨てられた自由帳と筆箱を拾い、
 教室へ戻る途中、声が聞こえた。

「俺はもう気にしてないから、やめてあげてほしいんだけど……」

 弱々しい声だった。
 震えていた。
 けれど、はっきりと耳に届いた。

 新垣は足を止めた。

 目が合えば逸らす。
 近づけば固まる。
 明らかに自分を嫌がっている。

 なのに、庇う。

 意味が分からなかった。

 怖いなら遠ざければいい。
 嫌なら突き放せばいい。

 自分ならそうする。


 その日から、いじめはなくなった。
 教室の中で自分は空気のような存在になった。

 誰も関わらない。
 誰も気にしない。

 心地よかった。
 好きなことだけ考えていられた。

 ただ、中川とは時々目が合った。

 観察しているのはこちらのはずなのに、
 向こうもまたこちらを見ている瞬間がある。

 そして、すぐに逸らす。

 まるで見つかったことを恥じるみたいに。

 その一瞬が、妙に印象に残った。

 言葉もない。
 触れもしない。

 ただ視線だけが交差する。

 それだけなのに、
 他の誰よりも近い気がした。


 何度か、頭の中で中川を辱めた。

 彼がどういう人間かは関係ない。
 自分が彼をどう思っているかも関係ない。

 ただ、想像すると満たされた。

 やがてクラスは別れ、関わりもなくなった。
 もう関わることはないだろうと思っていた。


 進学先で同じクラスになり、再会したとき。

 最初に目に入ったのも中川だった。

 数学の授業で指され、答えを間違えた。

 顔がみるみる赤くなる。
 視線が泳ぐ。
 唇を噛む。

 あの頃から何も変わっていない。

 安心した。


 ある日、彼の絵を描き始めた。

 普通の絵だ。
 やましいものではない。

 ただ、描きながら考える。

 近づいたら、どんな顔をするか。
 触れたらどんな反応をするか。
 逃げ場をなくしたら、どう崩れるか。

 想像する時間が、一番楽しかった。

 その頃にはもう、
 中川は自分の欲を鎮めるための存在になっていた。


 中川が鼻血を出した日。
 余り物で決められた保健委員が自分だったのは、幸運だった。

 二人きりになる機会は、今まで一度もなかったから。

 ずっと遠くから見ていただけのものが、
 手を伸ばせば届く距離にある。

 少し、はしゃいだ。
 抑えられなかった。

 彼は怖がっていたように思う。
 でも、完全には拒まなかった。

 だから考えた。

 自分は見る側で、
 彼は見られる側なのではないか。

 そういう関係だからこそ、
 こうして引き寄せられるのではないかと。

 望みが同じなら、きっと近づいてくる。

 餌は十分に撒いた。
 あとは、放っておけば分かる。

 そして彼は話しかけてきた。

 予想通りだった。

 絵を描いている間は、頭の中の彼で満たされていた。
 それで十分だったはずなのに。


 今は違う。
 
 目の前にいる。

 シャツの裾を握り、
 顔を赤くして、
 逃げずに立っている。

 息が浅い。
 目が揺れている。
 指先が小刻みに震えている。

 ぐらぐらと揺れている平均台は、もう崩れかけている。
 それでも、逃げない。

 怖いだけなら来ない。
 本当に嫌なら断る。
 無理やり連れてきたわけでもない。

 ここまで来たのは、彼自身だ。

 どうして逃げないのか。

 分かっている。

 彼はこうなることを望んでいる。

 喉がひどく渇く。

 差し出されているみたいだ。

 頭の中だけで十分だったはずなのに。

 それじゃ足りない。

 この手の中に、欲しい。

 はっきりと、そう思った。
 
 気づけば、喉が焼けるように渇いていた。

 ずっと我慢していたみたいに。

 ゆっくりと息を吐く。

 逃げないことを彼が選択した。

 なら──
 これから何をしたって、きっとそれは彼の望みであるはずだ。

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