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オリジナルBL小説

百合の匂い 第8話|BL小説

「佑、帰ろう」
 友人たちと輪になって他愛ない話をしていた放課後、佑の肩に後ろからそっと手が置かれた。
 振り向くと、佑規が立っている。口元は笑っているのに、どこか力の入った不自然な笑みだった。
「ちょっと待ってて。……先帰っててもいいよ」
 そう言って背を向けた瞬間だった。
 制服の襟元が、急に喉を締め上げた。
「……っ」
 言葉にならない声が漏れる。
 視界が一瞬、ぐらりと揺れた。
 気づけば床に背中をつき、上から佑規の手が喉を押さえつけていた。
 息が詰まる。空気が入ってこない。
「ちょ、おい……それはあかんって!」
 誰かの声が、遠くで響いた。
 佑は恐怖も怒りも感じていなかった。
 ただ、なぜこんなことになっているのかが分からなかった。
 天井の蛍光灯が、佑規の背後から白く光っている。
 まるで他人事みたいに、その光を眺めていた。
 やがて、ふっと力が抜けた。
 佑規は何も言わず、白い鞄を掴むと、そのまま教室を出ていった。
 残された教室に、水を打ったような沈黙が落ちる。
「……あいつ、やばくない?」
 誰かの小さな声が聞こえた瞬間、佑はもう立ち上がっていた。
 校門を出たところで、ようやく追いつく。
 息が切れて、喉が焼ける。
「……ごめん」
 口から出たのは、それだけだった。
 謝る必要があるのかは分からない。
 ただ、前を歩く佑規の背中が、ひどく小さく見えた。
 佑規は立ち止まり、うつむいたまま言った。
「佑が……他のやつと楽しそうにしてたら、腹立った。……ごめん。嫌わんといて」
「佑規のこと、好きやで。でも俺、みんなとも仲良くしたいんよ」
「……分かってる。ほんまに、ごめん」
 声は小さく、少し揺れていた。
 自分がしたことに対する動揺なのか、後悔なのかは分からない。
 守らなきゃ。
 そんな、本能みたいな感情が喉の奥にこみ上げてきて、佑は彼の手を握った。
「大丈夫」
 すぐに放すつもりだった。
 けれど、離そうとしても、佑規の指は強く食い込んだまま、離れなかった。
 夕方の影が、ふたりの足元を曖昧に溶かしながら、並んで伸びていった。

 その翌日から、佑規の態度は明らかに変わった。
 休み時間にはクラスメイトと話し、笑顔を見せるようになった。
 昨日の出来事を、誰も話題にしなかった。
 見て見ぬふりなのか。
 それとも、彼の“顔立ち”のおかげなのか。
 少しだけ、いい気がしなかった。
 その感情は、胸の奥に押し込めた。
 みんなで仲良くできることが、何よりうれしい。
 佑は自分に、そう言い聞かせた。


 そして一年が経ち、学年が変わった。
 佑は、仲の良かった友人たちと一人も同じクラスにならなかった。
 すでに出来上がった輪の中に入る勇気もなく、休み時間は本を盾のようにして過ごすようになった。
 けれど、もうひとつ変わったことがあった。
 佑規に触れられることが増えた。
 帰り道は相変わらず一緒で、自然と彼の家に寄る流れもできていた。
 ある日、帰り道で佑規が手を差し出した。
「つないでもいい?」
 人目がある。
「……部屋の中やったらいいよ」
 そう言ってしまったのが、始まりだった。
 部屋の中で手を繋ぐことは、最初はただの“友達の延長”みたいに思えた。
 けれど、次第に指先は耳や髪へ移り、
 やがてシャツの裾を持ち上げて、背中を撫でるようになった。
「……もうやめろってば」
 本気で拒否しているはずなのに、声には力が入らなかった。
 なぜ突き放せないのかは分からない。
 ただ、求められていると感じると身体の一部が熱を持つのが分かった。

 ある日、佑規が急に言った。
「なぁ、佑。BLって知ってる?」
「なにそれ」
「……ふふん、やっぱ知らんよな」
 にやにやと笑うその表情が、白い部屋に妙な影を落とした。
 その奥に、触れてはいけない“何か”が潜んでいる気がした。
「知りたい?」
「……いい」
 その場では断った。
 けれど後日、休み時間に女子たちがBLの話をしているのを耳にして、妙に腑に落ちた。
 ──そういう意味だったのか。
 それから、佑規に触れられるたび、胸の奥がざわつくようになった。


 中学二年の秋。
 受験生という言葉が、まだ遠くで鳴っている頃。
 二人は佑規の部屋で、ホラー映画を観ることになった。
 佑はホラーが苦手だ。
 風呂場のタオルが風で揺れただけで、ファイティングポーズを構えるくらいには。
 それでも、怖いもの見たさは止められなかった。
 映画が始まると、佑は自然と佑規に寄り添って座った。
 女の幽霊が叫んだ瞬間、身体が跳ね、次の瞬間にはベッドに潜り込んでいた。
 布団を頭までかぶり、耳を塞ぐ。
 ベッドが、ぎしりと鳴った。
 佑規が覗き込み、布団をめくる。
「どうする?もう見んとく?」
「……無理」
「おっけ。じゃあ違うの見よ」
 そう言って腰を上げようとした、そのベルトループを、佑は自然と掴んでいた。
「なぁ……また首絞めてもいいよ」
 佑規の表情が固まったのを見て、佑は思わず目を逸らした。
「……やっぱ、冗談」
 佑は恥ずかしさで顔を上げられなかった。けれど指だけは佑規のベルトループを掴んだまま、しばらく離すことができなかった。
 あの時、佑規は困ったような表情で笑っていた気がする。でも、その後の記憶はすっぽりと抜け落ちている。

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