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あまあまな後輩×先輩♡
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オリジナルBL小説

百合の匂い 第4話|BL小説

 大学に入学したばかりの頃、佑は言いようのない疎外感に包まれていた。同じ学部の新入生が講堂前の広場に集まり、自然と円を描くように立ち始めた。誰が言い出したのか、自己紹介のついでに「どうして教師を目指しているのか」を語る流れになり、半ば強制の空気が漂った。
 まるで踏み絵だ、と佑は思った。「子どもが好きだから」と、皆が決まり文句のように順番に言っていく。中には「昔、先生に救われて」と涙ぐみ始める者すらいた。そのたび、周囲の人たちが「私たち仲間よね」と言うように手を取り合い、拍手をする。
 佑は靴先でタイルの隙間から顔を出した雑草をつつきながら、自分の番が来るのをただ待った。
 もし本当の理由を言ったらどうなるだろう。きっと誰もそんなものは望んでいない。それに、誰にも言いたくなかった。
 順番が回ってきたとき、佑は「人が好きだから」と言った。
 一瞬だけ空気が揺れて固まった気がして、慌てて付け足す。
「大人も子どもも関係なく、人が……好きで」
 すると一人の女子学生が「優しい人なんだね」と言い、空気は何事もなかったように流れていった。
 しかし、佑の三人後に控えていた男子学生が「こういうの正直やりたくねー」と露骨に嫌がった瞬間、円はあっさり崩壊し、人の輪は散り散りになった。佑は正直同じ気持ちだったが、せめて自分の前で言ってほしかったと思った。

 その後の数日、何人かと話したり、昼食を共にしてみたりもした。けれど大学にはクラスというものがないからか、みんな本当に興味がある相手にしか目を向けず、他には無関心。その空気が、妙にあからさまだった。
 佑は自分が人の興味を惹く存在ではないことをこの時、やっと自覚した。そしてぼんやりと納得した。自分の内側は空っぽなのだ、と。
 空洞に興味を持つ人間なんて、きっと同じように空洞を抱えた人間だけなのだろう、と。
 しばらくの無理がたたったのか、ある朝、臀部《でんぶ》から背中にかけて帯状疱疹ができていた。
「ストレスかな」と医者に言われ、佑自身も「あぁ、そうだろうな」と思った。
 夕方になると痒みが増して、母が心配そうに背中に氷を当ててくれた。自分が情けなくて泣いてしまった時、母は「そんなに痒いの?」とさらに心配した。
 佑は何も言わなかった。ただ、真摯に教師になる夢と向き合う彼らと、自分が同じようにいられるはずがないだろうと自分自身を殴りたくなった。
 その日を境に、大学では一人でいることを選ぶようになった。誰かに合わせるより、ずっと気が楽だった。
 やがて果物工場でのバイトを始め、そこに居場所のようなものができた。
「よかった。前より顔が明るいわ」
 母にそう言われ、佑もそれを否定できなかった。修のおかげなのだ、と自然に思えた。

 体育の授業が終わり、いつものように一人でグラウンドを離れようとしていた時だった。
「あの、上村くん。逆上がり、上手ね」
 振り返ると、加川結《かがわゆい》が立っていた。彼女はどこかためらうように少し声を震わせながら続けた。
「よかったら……暇な時でいいから、逆上がり教えてくれん?先生が、次のテストでできんかったら単位あげられんって。私、どうしてもできなくて」
「俺でよければ、手伝うよ」
 そう答えると、加川はほっと息をつき、友達のところへ駆け戻っていった。

 昼休み、約束の場所へ行くと、加川以外に六人の女子学生が並んでいた。
「みんなできんかったって……一緒に教えてって」
 加川は申し訳なさそうに眉を下げた。
 佑は驚いたが、一度引き受けた以上は途中で投げない性格だ。一人ずつ向き合い、練習に付き合った。
「次の授業まであと十分しかないよ」
 誰かの声とともに、彼女たちはグラウンドを出て、階段を駆け上がっていく。佑もその後についていった。
 途中で加川が振り返り、そっと言った。
「ごめんね、みんなが……一緒に教えてほしいって」
「頼られるのは好きやし。いいよ」
「やっぱり優しいな。自己紹介の時、人が好きって言っとったの覚えとるよ。……また教えてくれる?」
「いつでも」
 そう答えると、加川は前を歩く友達の輪へ戻っていった。
 彼女の束ねた髪が揺れるのを眺めながら、佑は思った。
 誰かの心を満たすのが好きだ。相手の心を満たした時、自分も満たされた気持ちになる。
 誰かの役に立つのは好きだ。自分はここにいていいと自分を肯定できるから。
 ──空っぽの人間、と佑は思った。
 「自分で考えろ」「自分の意思を持て」
 佑はそう言われるたび空洞のような自分の中を覗いて不安になる。誰かに求められたことだけをやってちゃいけないのだろうか。
 教師を目指した理由も、本当はもっと曖昧だ。
 高校の進路指導で「将来の夢はないの?」と聞かれ、空っぽの頭の中を探した末に、小学生の頃の担任・田渕先生の姿が浮かんだ。
 ぽつりと「先生、みたいな」と言うと、担任は「先生ね! あなたは教師に向いていると思う」と言った。
 教育課程が学べる大学を紹介され、それを周りに伝えると、周囲も同じことを言った。
「上村くんは教師に向いている」 
 皆にそう言われることで、“求められている”と思った。
誰かの助けになれる仕事なら天職なんじゃないか――本気でそう思えた。
 教師を目指すのに、皆が望むような立派な理由は存在しない。
 ただ、誰かに必要とされたい。存在を渇望されたい。
 それだけが、佑の胸の奥で渦巻いていた。

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