昼間の太陽がじりじりと照りつけていた。果物工場の作業場と外との温度差は、日に日に大きくなっている。防護服の下に着ていた長袖のトレーナーを脱ぎ、佑は半袖シャツに着替えると修と一緒に外に出た。むっとまとわりつく暑さが、むしろ心地いい。真冬にハワイへ行く人は、きっとこういう気分を味わっているのだろう、と佑は思った。
二人はコンビニで軽く昼食を済ませ、修の車に乗り込んだ。ショッピングモールへ向かう車内、佑はふと袖口を嗅いだ。
「俺らフルーツ臭くないかな?」
「知ってた?フルーツ工場出たあと、ちょっとの間だけ汗が甘いねん」
修はそう言って指で佑の腕を指した。
「舐めてみ?」
「……え」
馬鹿みたいだと思った。それでも、修に言われると断れない自分がいることに、佑は気づいていた。
佑が恐る恐る自分の腕をちろっと舐めると、修は噴き出した。
「普通に塩っぱいやん。修は舐めたことあるん?」
「ない」
「ないんかい。はめられた」
「やっぱり純粋やなぁ」
修は上機嫌で笑い続け、スマートフォンをBluetoothにつなぐと、流れてきた音楽を鼻歌まじりに口ずさんだ。
立体駐車場に車を停めると、エンジンが落ち、さっきまで流れていた音楽もふっと止まった。車内が暗く、静かになる。
「さっきの話やけどな……ほんまは甘かったで」
「嘘やろ?」
修は冗談を軽く笑い飛ばすつもりで佑を見たが、佑は修の目の前に手の甲を差し出した。
「嘘ちゃうって。……ほら」
修は一瞬だけ困惑したような表情を見せ、それからゆっくり目をそらした。
「……分かったって。からかってスミマセンでした」
ぶっきらぼうに佑の手を軽く払うと、逃げるように車のドアを開けた。
店に入ると、修はすでに買うものを決めていたようで、佑に「どう思う?」と聞いては、佑の反応で買うかどうかを決めていく。そのことに佑は途中で気づいた。自分の反応を基準にされているのが、少しくすぐったい。
自分の感覚が合っているのかどうかも分からないけれど、佑は素直に思ったことを言った。
「佑も気になるのあったら言ってや」
言われた瞬間、店内のマネキンが急に気取って見える。
“ファッションなんて一ミリも分からないくせに”という声が頭の中に浮かび、佑は「俺はいい」とだけ答えた。
しかし修はめげなかった。
「俺だけ買うの申し訳ないやん。実家暮らしなら金はあるんやろ?」
しつこさに根負けした佑は、店員にゴリ押しされたシャツを一枚手に取った。鏡でシャツを合わせると店員から「やっぱりお似合いです」と言われる。佑はその言葉にぎこちない会釈をすると、少し離れたところにいる修の方を見た。
修が気づいて近づき、笑みを見せる。
「いいやん、めっちゃ似合ってる」
押しに弱いというのは自分の良くないところだと思いつつ、袋に入れたばかりのシャツを揺らして歩くと、なんとなくいい気持ちがした。
買い物が済むと、修が「パスタ食いたい」と言い出した。佑は別にパスタを欲していなかったが、“パスタ”という言葉を聞いた瞬間、不思議と今日はそれしかありえない気がした。二人は検索した先の老舗イタリアンへ足を運んだ。
「俺、ナポリタン」
「ナポリタン?珍しいな」
「そう?」
「食べたことないし、食べてる人も見たことない」
「食ってみ?案外うまいで」
そう言われ、佑もナポリタンを注文した。
ふわりと湯気を立てて運ばれてきた皿には、オレンジ色の麺にピーマンの緑が映えていた。佑は一口食べて、目を丸くした。
「うまっ」
修も上手に巻いたフォークを口に運ぶ。
「これよ。最高」
半分ほど食べ進めた頃、修がぽつりと言った。
「うまいんやけどな……」
ナプキンで雑に口元を拭いながら修が、ふっと笑った。
「めっちゃ美味いけどさ、俺の父ちゃんが作ってくれたナポリタンには勝てへんわ」
「へぇ、そんな美味いん?」
家族の話を聞くのは初めてだった。
佑はなんとなくフォークを置いて修の目を見た。
「父ちゃん、昔店やっとったらしい。今は……まあ、知らんけど」
「知らんの?」
「とっくに離婚してるしな。味もほんまはもう覚えてへんねん。でも色んな店のナポリタン食って、“これよりうまかった気がする”って俺の中で究極のものにしてしまってる」
「まだ更新されてない?」
「うん、一回も」
その言葉は力強く、いつもよりも修が子供っぽく見えた。
「俺も食いたいなぁ。修の父ちゃんのナポリタン」
「うまいで」
修は、どこか誇らしげに笑い、コップの中の氷をカランカランと鳴らして飲んだ。
もしかしたらこの話をしたくて、修は「パスタ食いたい」と言い出したのかもしれない。そうであっても、そうでなくても、彼の内側を話してくれたことが、佑は嬉しかった。












